「タラントンのたとえ」
更新日:2018.6.11
マタイによる福音書25章14-30節(新約P49)
牧師 米倉 美佐男
「だれでも持っている人は更に与えられて豊かになるが、持っていない人は持っているものまでも取り上げられる。」(29節)
今朝のたとえは、主人が旅に出るにあたり、3人の僕たちにそれぞれの力に応じて五タラントン、二タラントン、一タラントンを預けて出かけます。一タラントンは6000デナリ相当の金額です。1日の日当が1デナリとすると20年分の生活費です。額的にはかなりのものです。五と二タラントン預けられた僕はそれぞれ倍に増やし、主人に褒められます。ところが一タラントンのものは増やしも減らしもせず主人に一タラントンのまま返します。
この僕は主人に「あなたは蒔かないところから刈り取り、散らさない所からかき集められる厳しい方だと知っていましたので、恐ろしくなり」地の中に隠していたなどと言い訳をします。その時、主人はこの僕に対し、「怠け者の悪い僕だ。」と厳しく叱りました。それなら気を利かして、銀行にでも預けておけば利子がついたものをとまで言いました。このたとえの主題は「忠実」です。だれが主人の意図を汲んでいたか。与えられたタラントンをどのように活かしたかかが問われています。
五タラントンの僕も二タラントンの僕もそれぞれに預かったものを元手に倍にしました。主人は喜び、「忠実な良い僕だ。よくやった。」と誉めました。少しのものに忠実であったから、多くのものを管理させようと言いました。一タラントンの僕には「怠け者の悪い僕だ。」が評価でした。主人に不平を言うのは、僕であることへの不満です。それが不忠実、不信仰の姿です。問題なのは儲けることではなく、主を喜ばせることです。それが信仰の姿勢です。怠け者は自分の安全を求めます。主が求めておられるのは臆することなく大胆に主の御用のために働く者なのです。神の栄光をあらわし、永遠に神を喜ぶ者とされるのです。
(2018年6月3日主日礼拝説教より)