「仕える者になりなさい」
更新日:2017.12.4
マタイによる福音書20章17-28節(新P38)
牧師 米倉 美佐男
「人の子が、仕えられるためではなく仕えるために、また、多くの人の身代金として自分の命を献げるために来たのと同じように。」(28節)
本日は収穫感謝日統合礼拝で、謝恩日です。来週からアドベントに入ります。クリスマスは主イエス・キリストの誕生を祝う時。主のお誕生は人の罪を贖うために自らを犠牲とするための十字架への道。だから主は度々ご自分の終わりの時を愛する弟子たちに話してこられました。ここで三度目です。
十字架と復活預言が今までよりはっきりと明言されています。ただ弟子たちの反応は相変わらず、緊迫感はありません。ここではゼベダイの兄弟、ヤコブとヨハネの母が子たちと共に、主の前に出て、「イエス様、あなたが王座にお着きになるとき、この二人の息子が、一人はあなたの右に、もう一人は左に座れとおっしゃってください。」(21節)と願っています。
これに対して主は、何を求めているか、あなたがたは分かっていないと、求め違いを指摘されます。それは求めて得られるものではなく、神の御手の内にある事。ただ必要なのは、主の十字架を共に担う事であると。
ヤコブ、ヨハネ兄弟を除く他の10人の弟子たちはこのやり取りを見ていて憤慨します。出し抜かれたことへの憤りです。彼らもまた同じなのです。そこでイエスは一同に言われます。
「あなたがたの中で偉くなりたい者は、皆に仕える者になり、いちばん上になりたい者は、皆の僕になりなさい。人の子が、仕えられるためではなく仕えるために、また、多くの人の身代金として自分の命を献げるために来たのと同じように。」(25-28節)大事なことは仕えること、僕として自らを献げること、それが十字架の道なのです。求め違いをしないで父なる神に信頼し、委ねるのです。
(2017年11月26日主日礼拝説教より)