「みこころの、天になるごとく」
更新日:2015.10.26
ルカによる福音書22章42節 (P新155)
牧師:米倉 美佐男
「父よ、御心なら、この杯をわたしから取りのけてください。しかし、わたしの願いではなく、御心のままに、行ってください。」
(33節)
第四九聖日 問124
問124 第三の求めは、何ですか。
答 みこころの天になるごとく地にもならせたまえ、です。それは、すべの人間が、自分の意志を捨て、父なる神のご意志に、聞き従う者となり、天にいるみ使いのように喜んで、忠実に、つとめる者とならせて下さい、ということです。
主の祈りの第三の祈りは「御心の天になるごとく地にもならせたまえ。」です。神の御心がみ使いによって天で行われるように地の上でも同じように行われるようにとの祈りです。人間の思い、私の思いや意志でなく、ただただ、天にいます神の御心のみがなるようにと祈るのです。旧約聖書の創世記に繰り返し出てくるのは人間の罪の問題です。人間は神の言葉に背き、自分の思いを優先する時に神との関係が歪み、脱線するのです。神の御心を求めずに、自分の思いを通そうとするからです。
問答の答えは全ての人間が自分も含めて自分の意志を捨て、神の御意志、御心を求める者とならせてくださいと祈ります。真に残念なことに、自分の力や意志では解決はできないのです。主イエスはそのことを承知でこの祈りをお教えくださったのです。自分の思いに固執することから解放されて、神の御心を求め、御声に聞き従う時に、私たちは真の自由に生き生きと生かされるのです。
神の事を思わずに人の事を思い、天の事を思わず地のことだけを思っていた私たちです。けれども主イエスに出会い、主に捕えられてからみ名をあがめる者とされ、天にみ心が成るように、地にもならせたまえと祈ることのできる者へ変えて頂けたのです。天におけるみ使いを思い、この地上に生かされていることを覚えましょう。
(2015年10月18日礼拝説教より)