札幌教会・日本キリスト(基督)教団・プロテスタント教会

北海道札幌市中央区にある伝統的な教会

聖書のお話し

「唯一の慰め」

更新日:2014.5.12

ローマの信徒への手紙7章24-25節(新P283)

牧師:米倉 美佐男

「わたしたちの主イエス・キリストを通して神に感謝いたします。このように、わたし自身は心では神の律法に仕えていますが、肉では罪の法則に仕えているのです。」(25節)

今朝からしばらくハイデルベルグの信仰問答を用いて御言葉の説き明しを致します。この問答は主として受洗者の準備や受洗後の信仰訓練に用いられています。主の日の礼拝説教にも用いられてきました。構造は基本的には聖書のロマ書に従っています。さらに使徒信条、聖礼典(洗礼と聖餐)、十戒、主の祈りが記されています。

今朝は序 唯一の慰め 第一聖日の部分を取り上げます。問の一番最初はこのように始まります。
問 生きている時も、死ぬ時も、あなたのただ一つの慰めは、何ですか。
この問いに対しての答えは、わたしはキリストのものです。私たちはキリストの十字架によって罪を贖っていただきました。私たちは主の聖霊の導きによって永遠の生命を与えられ、主のために生きる者とされたのです。それが真の慰めだと言います。

そこで、第2の問が記されます。
問二 それならば、あなたがこの慰めの中に、祝福されて、生きまた死ぬことができるためには、あなたは、いくつのことを、知らねばならないのですか。
答えは三つです。第一に、罪と悲惨とがどんなに大きいかということ、第二は、あらゆる罪と一切の悲惨からどのように救われるかということ、第三は、どんなにこの救いに対して神に感謝すべきかということです。
自分の罪の大きさ、主から遠ざかることの悲惨さを知り、慰めをお与えくださる救い主を知り、救われた喜びを知るならば、自分を神に献げ、神のために生き、本当の喜びを味わうことができます。それが唯一の慰めであるのです。 

(2014年5月4日礼拝説教より)

前のページに戻る