「悲しみは喜びに変る」
更新日:2013.2.12
ヨハネによる福音書16章16-24節(新P200)
牧師:米倉 美佐男
「しばらくすると、あなたがたはもうわたしを見なくなるが、またしばらくすると、わたしを見るようになる。」(16節)。
イエスは愛する弟子たちに最後の思いをお語りになられました。それは遺言です。弟子たちにとって一番辛かったのは、もうお前たちとはお別れだという言葉でした。最初のうちは、そのようなことをおっしゃらないでとお止めしましたが、主が度々言われるので、どこへ行かれるのかとは問わなくなってしまいました。
もうじきわたしを見なくなるが、しばらくすると、わたしをまた見るようになると主は言われます。よく分からない、主イエスは何を考えておられるのか。弟子たちの間で話題になりました。主もそのことは分かっていて、弟子たちが何を尋ねたがっているのかをご存知で、今、その意味を教えようと語られました。「はっきり言っておく、あなたがたは泣いて悲嘆にくれるが、世は喜ぶ。」、弟子たちは泣き悲しむが世はその反対に喜んで万歳をするだろう。しかし、あなたがたの悲しみは喜びに変わる。ここが大事な遺言の核心メッセージです。あなたがたが得る真の希望、喜びがあるから安心せよ、との宣言です。
そして、その日その時にはもはや何も問う必要はなくなる。よく、聞きなさい。神の言葉を。あなたがたがわたしの名によって願うならば、父は必ずお与えくださる。これは祈りです。主の名によって祈るのです。祈れば与えられ、あなたがたは喜びで満たされるのです。最後に言わなければならない大事なこと、それは祈りについてのことでした。主の名によって祈ることが大切です。主が去っても別の弁護者、聖霊が必要なものは備えてくださる、その信仰が必要です。私たちが主を信じ、祈るならば必ず、感謝と喜びに溢れるのです。
(2013年2月3日礼拝説教より)