「主を証しする」
更新日:2013.1.28
ヨハネによる福音書15章18-27節(新P199)
牧師:米倉 美佐男
「わたしが父のもとからあなたがたに遣わそうとしている弁護者、すなわち、父のもとから出る真理の霊が来るとき、その方がわたしについて証しをなさるはずである。あなたがたも、初めからわたしと一緒にいたのだから、証しをするのである。」(26-27節)
弟子たちは主イエスを証しするために、この世から選び出されました。主は弟子たちに、あなたがたはこの世から迫害を受けることになると言われます。理由は、クリスチャンたちがこの世とは異質的存在だと思われるからだと。
主の言葉は明確です。あなたがたは、どのような時でもいつもわたしと一緒です。だからわたしにつながっていなさい。世が主を信じる者を迫害するのは彼らの無知から来ている。彼らは信仰を正しく受け入れることができないから。ヨハネの記事の最初にあるように、世は主を認めず(10節)、民は主を受け入れなかった(11節)のです。世の罪深い無知があります。主イエス・キリストが世に生まれ、語り、わざを示して下さった。それなのに世は自分たちの価値観から一歩も出ようとせず、真理を拒むのです。
「人々は理由もなく、わたしを憎んだ」(25節)。それは律法(詩編69・5)が成就したのだと主は申されます。
ここで主はお示しになられます。キリストを信じる者が世にどのように向かうかを。憎み、迫害されるという、一方向的な関係でなく、逆にクリスチャンの方から世に対して主イエス・キリストのことを証しするという積極的な生き方が提示されます。迫害を恐れるな。むしろそれが契機となって主を証しするチャンスが到来するから。迫害を恐れず、世に受け入れられようとして妥協しないように。常に福音に正しく立ち、主を宣べ伝えるのです。教会が教会であるために。聖霊の助けを得て主の証人として伝道するのです。人間に従うのではなく、主に従って歩むのです。主の救いの恵みを受けた者として大胆に主を証しするのです。
(2013年1月20日礼拝説教より)