「ヨハネの証し」
更新日:2011.6.5
ヨハネによる福音書1章19-34節
牧師:米倉 美佐男
「見よ、世の罪を取り除く神の小羊だ。」(29節)。ヨハネは言います。わたしはこの方を知らなかった。でも今は知っている。この方こそまことの神の子である。ヨハネの証はイエス・キリストがまことの「救い主」であるということです。彼は、自分がどのような者であるかを語ることによって、私たちの信じる主イエスが真の救い主であると語っているのです。
19節から始まる本論の最初に記されているのは、バプテスマのヨハネの話です。19節から2章11節までは最初の1週間はナザレのイエスこそ間違いなくキリストであることを指し示した1週間です。ヨハネの証は、救い主とはイエス・キリストであるとの証言です。ヨハネとはいったい何者でしょう。結論的には23節に示される、「預言者イザヤが言ったように「主の道をまっすぐにせよ」との荒れ野で叫ぶ者」、私たちの神の使い、メッセンジャーである預言者の系譜に連なる者です。ヨハネが自分で言うのには、私はメシアではない。私は水で洗礼を授けるだけ、本当のメシアは私の後から来て、聖霊のバプテスマを授けてくださる。
主イエスは神の子です。神の力による霊の洗礼を授けることのできるお方です。洗礼の意味は罪を洗い落す事、新しく生まれる事なのです。私たちはイエスによる聖霊のバプテスマを授けられたのです。「見よ、世の罪を取り除く神の小羊(アニュス・デイ)」、(聖餐式で聖別の祈祷を献げ、パンとブドウ酒を配る前に「世の罪を除きたもう神の小羊よ、我らを憐れみたまえ。世の罪を除きたもう神の小羊よ。主の平安を与えたまえ)と唱えます。神の小羊として主の十字架を仰ぐのです。そして聖霊による洗礼を受けて、主の十字架の意味をより正しく受け止めて聖餐に与るのです。世の罪を除く神の小羊が私たちを導いて下さいます。神の小羊である主イエスに従って歩みましょう。
(2011年6月5日礼拝説教より)