「天の国の平和があるように」
更新日:2025.1.27
マタイによる福音書 第10章5-15節
小林克哉牧師
イエスさまは、飼い主のもとから失われた羊のようになっている人々に天の国の福音を宣べ伝えるため、十二人の弟子たちを使徒としてお選びになり、町々村々へ派遣されることにされました。
そして使徒たちを遣わすに際して語られたのが今朝の御言葉です。「天の国は近づいた」(8節)と宣べ伝え、「平和があるように」(12節)と祝福の挨拶をするようにと命じられたのでした。神の平和です。天の国に実現する平和です。イエスさまに遣わされた者たちしか告げることのできない平和=シャロームです。
礼拝の中で平和の挨拶をすることがあります。呉で伝道牧会していたとき、元日礼拝で平和の挨拶をする習慣がありました。呉の教会の場合は、礼拝の途中「シャローム」と言って互いに握手し神の祝福を告げる挨拶をし合うのです。
平和/平安という意味の「シャローム」という言葉はイスラエルの民の挨拶の言葉でもありましたが、心から「あなたに神さまの平和がありますように」と祝福の祈りをもって挨拶しましょうと呼びかけました。実際に礼拝堂を歩き回り多くの人に「シャローム」と互いに告げるのです。皆が神さまによって互いが結ばれる平和を思わされるときでした。
神さまはイエス・キリストの十字架の贖いの御業によりわたしたちの罪を赦し、神との和解を実現してくださいました。天の国で実現する平和、神と人との平和を、神さまのほうから与えてくださるのです。神さまはわたしたちと平和の挨拶をするために、御手を伸ばしてくだっています。十字架のイエス・キリストによってです。この礼拝において神は「シャローム」と告げ、握手を求めておられます。わたしたちも手を伸ばし、差し出された神の手を握り返し、神に愛され、罪赦され、受け入れられ、喜ばれている恵みを感謝したいのです。
イエスさまは「行って、『天の国は近づいた』と宣べ伝えなさい。」(8節)「その家に入ったら、『平和があるように』と挨拶しなさい。」(12節)と言われます。だからわたしたちは今日も神の平和を告げるのです。アーメン
(2025年1月19日礼拝説教より)