「あなたが生きる意味(秋季特別伝道礼拝)」
更新日:2023.10.30
創世記 第1章24-31節
東京神学大学 小泉 健牧師
神は喜びに顔を輝かせて、わたしたちをお造りくださいました。神の特別な思いが込められているのが、この言葉です。「我々にかたどり、我々に似せて、人を造ろう。」
わたしたちは神に似せて造られています。ときに、自分などいない方がよいと思うことがあるかもしれません。そんな時に支えになるはずの親の愛を知らないかもしれません。しかし、親に望まれなかったとしても、神に望まれない人間はいません。あなたが生きることを、神はお望みになります。わたしたちが理解しようと理解すまいと、感じようと感じまいと、神は望んでおられます。あなたが生きる意味は、神の中にあります。神を喜ぶとき、わたしたちはもっとも人間らしくなります。
しかし、そもそも神はなぜ、人間をお造りになったのでしょう。神はお一人で、なんの欠けたこともありません。他者をお造りになる必要などないはずです。しかも、ご自分と相対して立つ者を造るのは危険です。人間に拒まれ、捨てられるかもしれない。それでも神はあえて他者をお持ちになります。何があっても見捨てず、愛しとおす決意をして、人間をお造りになりました。
時が満ちて、神は人となられました。イエス・キリストです。人となってわたしたちのところに来られた。わたしたちはキリストを受け入れませんでした。キリストは卑しめられ、虐待され、殺された。でもだからこそ、キリストの愛が燃え上がります。自分を苦しめる者を最後まで愛し通されました。
キリストは信じているのです。「あなたは愛することができる。わたしの愛に応えることができる」と。神がわたしたちをごらんになるとき、ご自分に似たものをごらんになります。愛するものです。あなたは、愛するために生まれたのです。神を愛し、人を愛するためです。愛することができる。愛することにおいて神に似ている。あなたが生きる意味は、神の愛を映し出しながら、あなただけしか持っていない愛の光を輝かせることです。アーメン
(2023年10月22日礼拝説教より)