札幌教会・日本キリスト(基督)教団・プロテスタント教会

北海道札幌市中央区にある伝統的な教会

聖書のお話し

「救い主との出会い(ヨハネ4)」

更新日:2021.11.5

ヨハネによる福音書1章35-51節(新164頁)

小林克哉 牧師

今日は宗教改革記念日です。ルターは修道士でした。ルターはイエスさまのことを罪を裁くお方として恐れていました。しかしイエスさまについて行く中で、ルターは聖書によって福音を再発見したのです。十字架の主イエスさまが憐れみ深い方であること知り、宗教改革は起こったのでした。
イエスさまは「来なさい。そうすれば分かる」(39節)と言われます。あなたはついて来てはいけないとは言われません。「来なさい」と言われます。あなたはいつまで経っても分からないだろうとは言われません。「そうすれば分かる」と言われます。「イエスは、『来なさい。そうすれば分かる』と言われた。そこで、彼らはついて言って、どこにイエスが泊まっておられるかを見た。」(39節)
ついて行ったアンデレともう一人の弟子。洗礼者ヨハネの証言を聞いて知っていたはずですが、実際はどのくらいイエスさまのことを分かっていたのでしょうか。メシアかもしれないと思っていたのでしょうか。その場合、メシアということで何を考えていたのでしょうか。それは<おぼろげな信仰>だったのではないでしょうか。よく分かっていないのです。
イエスさまについて行くことの中でしか、わたしたちはイエスさまを分かることはないのです。イエスさまのもとに連れて行かれ、イエスさまと出会った人々がいます。洗礼者ヨハネの証しにより、イエスさまと出会いアンデレもフィリポも大切な人にイエスさまのことを紹介せずにはいられなくなりました。アンデレに連れて行かれ、イエスさまと出会いシモン・ペトロは新しい神にある本当の自分を知りました。フィリポにつれて行かれ、ナタナエルは疑っていましたが信じるようにされ、「もっと偉大なことをあなたは見ることになる」(50節)との約束を与えられました。
イエスさまはよく分かってからでなければついて来てはいけないとは言われません。ふさわしい者に変わってからでなければだめだとは言われません。「来なさい。そうすれば分かる」と言われます。「もっと偉大なことをあなたは見ることになる」との約束を与えてくださいます。さあ、イエスさまについて行きましょう。

(2021年10月31日礼拝説教より)

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