「福音を告げ知らせずにはいられない」
更新日:2020.10.30
コリントの信徒への手紙 一9章1―18節 (新310頁)
「もっとも、わたしが福音を告げ知らせても、それはわたしの誇りにはなりません。そうせずにはいられないことだからです。福音を告げ知らせないなら、わたしは不幸なのです。」(16節)
コリント教会の人々の問いに対してパウロは自分のすべてをさらけ出して答えています。それがどのようにコリン
トの教会の人たちに受け止められたのかは分かりません。偶像の供え物についての問題は10章まで続きますが9章は
突然使徒職について語り出し、偶像、偶像への供え物は出てきません。おそらくパウロに対する批判者たちに対する
何らかの反論をする必要を感じたのです。
自分も使徒(アポストロス)であるという位置付けをしたのです。偶像への供え物の問題はキリスト者の自由の問
題です。それを食すことが偶像礼拝参加になるのか、生活習慣の問題に過ぎないのではないかと言うことです。続く
議論に使徒の有する権利を取り上げて語ります。「わたしたち」と複数形で、伝道者たち全般についての言及です。
伝道者の生活を支えること、伝道者が妻帯の場合妻を伝道に同伴すること等を教会が認めることは当然の責務だと、
おそらくこれらについて批判的な意見があったのです。ここに記されることは初代教会の伝道の実態ついての興味深
い記録です。権利の問題は方向を変えて別議論に移ります。権利は権利として、パウロはそのいずれの権利も自分は要求せず放棄したと語ります。それはそうすることが彼の主イエスに対する証しだったからです。だから他の伝道者もそうすべきだと言っているのではありません。伝道者を教会が支えるのは主のご命令です。働き人が報酬を得るのは当然だからです。彼はキリスト者の権利と自由を示すために自分自身を手本として話をしたのです。
「そうせずにはいられない、福音を告げ知らせないなら、わたしは不幸なのです。」すべてを耐え忍んで。
伝道者魂ここに在り。
(2020年10月25日礼拝説教より)