「ヨナやソロモンにまさるもの」
更新日:2017.4.10
マタイによる福音書12章38-45節(新P23)
牧師 米倉 美佐男
レントの第5主日です。「人は自分の話したつまらない言葉についてもすべて、裁きの日には責任を問われる。」(36節)。イエスのお言葉の後、何人かの律法学者とファリサイ派の人々がイエスに「先生、しるしを見せてください。」(38節)と言います。イエスは「よこしまで神に背いた時代の者たちはしるしを欲しがるが、預言者ヨナのしるしのほかには、しるしは与えられない。つまり、ヨナが三日三晩、大魚の腹の中にいたように、人の子も三日三晩、大地の中にいることになる。ニネベの人たちは裁きの時、・・・ヨナの説教を聞いて悔い改めるからである。ここに、ヨナにまさるものがある。また、南の国の女王は裁きの時、今の時代の者たちと一緒に立ち上がり、彼らを罪に定めるであろう。この女王はソロモンの知恵を聞くために、地の果てから来たからである。ここに、ソロモンにまさるものがある。」(39節-42節)。
ファリサイはイエスのことを「先生」と慇懃に言いながら言っていることは「しるし」(証拠)を見せろ、あなたが悪霊でなく神の霊で悪霊を追い出しているというなら、と言うのです。そうでなければ我々は決してあなたを認めないと。
イエスは言われます。よこしまで神に背いた時代の者たちはしるしを求める。不信仰な者はどんなに真理があっても、受け入れようとはしない。聖書の知識がどんなにあっても御言葉を正しく聞く姿勢を持たなければ真理は分からない。ヨナのしるしを知っているかソロモンを訪ねた南の国の女王のことはどうだ。ニネベの悔い改めも、女王も異邦人だが福音を受け入れた。なぜあなた方にその心がないのか。何故私と共に歩むことを拒むのか。悪霊や偶像から心を空っぽにして私をあなた方の心に満たせと。ヨナやソロモンにまさるもので満たせ。自分に都合の良いしるしでなく、十字架と復活を。そして主の御言葉を。
(2017年4月2日主日礼拝説教より)